かなり恋愛チックなタッチになってしまいましたが
改めて考えてみると、、、
作品を作る上で、万人を感動させることはできないかもしれない。
けれど、伝えたい
相手に渾身のストレートでぶつけて、
届いた時、1人でも心の底から喜んでくれた瞬間の
心の煌きは、他の何ものにも代え難い、作り手にとって最高の喜びです。
市場価値といった『世の中』が評価する平均的な価値観を
追い求めるのではなく、己の満足を追求し続ける。そんな姿勢でいたい。
彼女がくれた、ありがとうという言葉が、
僕の作品に対しての最高の勲章。
心の底からのありがとうを頂ける。
そんな自己表現をしよう
と写真を手にとり思いました・・・。
この気持ちを大切にします。
イツモ。イツマデモ。
表現するのが非常に難しいのですが、
2年という歳月の中で、僕はモデルの彼女に対して、
男女愛とも友情とも言えないなんとも不思議な
感情を抱くようになっていました。
そんな自分の想いと、一緒に作品を作ってきたんだという気持ち、
被写体である彼女に喜んでもらいたいという願いを込め
『彼女へ…』というタイトルを付けました。



きっと本人はビックリしつつも喜んでくれると思い、
タイトルについては、展覧会の当日まで内緒にしておきました。
展覧会当日・・・
彼女は喜びと期待いっぱいの表情で会場に来てくれました。
そしてふと見上げた視線の先の自分の写った写真をみつめて、
ピタリと止まりました。
反応を見ようと面白半分で、顔を覗きこむと、
目に涙が溢れていました。
そしてすぐに我慢しきれなくなったのか、僕を連れて会場を飛び出しました。
僕を連れて、誰もいなくなった通路まで辿り着くと、
彼女は僕の手を取り、大粒の涙を流しながら、
『ありがとう』
と一言。
いつの間にか彼女のため、彼女が喜んでくれるために
作品を作るようになっていた自分には最高に嬉しく、
そして、あぁ~これで区切りついたなと実感する彼女の一言でした。
つづく
最初に言っておきますが、今回のエントリーは全3話です。
家で探し物をしていたら、懐かしい写真を見つけました。
写真家を目指して専門学校に通っていた頃、
僕は、とある女性の写真を撮っていました。
彼女には、在学中の2年間モデルとして
作品作りに協力してもらっていたのですが、
いつの頃からか僕に好意を抱いてくれるように…
とても美人、しかも元気で優しい素敵な子でしたが、
当時、僕には付き合っていた彼女がいたので、
お付き合いには至りませんでした。
付き合えない事実、自分には付き合っている『彼女』が
大切だということ、全てを話し、
モデルを降りる事も提案しましたが、
彼女は『大丈夫』と一言。
そんな彼女のおかげで撮影を継続することができ、
約2年間で数千枚と撮り続けた彼女の作品を
卒業制作として、展覧会に出品する事にしました。
けれど、出品する際、どの写真にするかの選考はスムーズにいっても、
『タイトル』だけが、どうしても決まりません。
写真に限らず、絵画や美術品などの作品といわれるものは、
表現内容とタイトルがリンクしているかどうかは最重要ポイント。
だからこそ僕は妥協せず、最高のタイトルを付けたいと悩みました。
考えているうちにふと気づいたのが、誰の為の写真なのかという事。
いったい自分は誰の為に写真を撮って、
誰に喜んでもらうためにこの作品を作ったのか…
そんな気持ちに辿り着きました。
つづく
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2001.9.11のテロの追悼集会で流れた詩。。。
本日のblogは、
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PCでご覧下さい。
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いつもモバイルでご覧になる方から、
『見づらい
』というお言葉をいただきますが、
PC仕様のため、ご了承ください。
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本日のBGM
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中孝輔 『花』
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『最後だとわかっていたなら』
ノーマ コーネット マレック・作 / 佐川睦・訳
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめてキスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしはその一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう
あなたは言わなくてもわかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは伝えただろう
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは今日
どんなにあなたを愛しているか伝えたい
そしてわたしたちは忘れないようにしたい
若い人にも年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや抱擁やキスをするための
ほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
だから今日
あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう
そしてその人を愛していること
いつでもいつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすればもし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
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この詩には、
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『たいせつな人を大切に』
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というメッセージが込められています
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たまには、
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たいせつな人に感謝の気持ちを伝えてみませんか?
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『一殺多生』
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多くを生かすため、
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他を生かすために、
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1つを斬り捨てなければならない
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ときがあるのです。
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悪いことをした者を許すと、
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また悪いことをして世のため、
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人のためになりません。
皆を守るためには、
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時には心を鬼にして人を斬らねばなりません。
若君は人の上にたつ御身。
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そのときに備えて、いま、剣術の稽古をするのですぞ」
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という具合に教えていたんだと思います。。。
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ちなみに・・・「一殺多生」は柳生家にとっては
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現在の理念にあたるものです。
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人を斬るという仕事にも理念があった。
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いまから300年以上前、
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理念を重んじて繁栄した柳生一族。
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時には嫌な事、目を背けたくなるような事も
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たくさんあったことでしょう。。。
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人間だから、くじけそうになる時、迷い、
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不安になったことも多々あったと思います。
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でもそんなときに、理念という絶対的な判断基準に
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照らし合わせて行動する事で、ココ一番で奮い立たせてくれる。。。?
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また、理念に照らし合わせて判断すると、
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自分のやるべき事、やってはいけない事が明らかになります。
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よく理念が大切だと聞きますが、
『志』を示した理念は、
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組織に属する人にとって、
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心のよりどころであり支えであるといえるのかもしれませんね
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「袖振り合うも多生の縁」
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見知らぬ人と袖が触れ合う程度の些細なことも、
または振り合うような間柄も、前世からの因縁に依(よ)るものである。
どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も、全て深い宿縁に基づくものである。
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この言葉は、柳生一族で有名な柳生一族の家訓が原点で、
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家訓にある、
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・小才は、縁に会って縁に気づかず。
・中才は、縁に気づいて縁を生かさず。
・大才は、袖振り合う縁をも生かす。
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ここから「袖振り合うも多生の縁」という慣用句が生まれたのです。
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柳生家は平時には将軍家兵法指南役ですから、
将軍やその子弟に剣術を指南していました。
ときには、
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「余は剣術の稽古などしとうない!
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なぜ、人を斬らねばならんのじゃ!
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人を斬れば、痛いじゃないか、
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そんなことはしとうない!!」
・・・というわがままな子弟もいたことでしょう。
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そんなとき、あなたならどうするでしょうか?
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柳生家の人はどう応えていたかというと
「若君、それはですな、
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我が柳生家には、こういう言葉が伝わっています・・・
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つづく
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